NôS (中村善郎&宮野弘紀)ライブ in 共栄窯 その1 (常滑)

一枚のCDが、全ての始まりだった


ボサノヴァが好きだった。

それはもう、かなり本格的に好きだった。

レコード店へ行けばボサノヴァのコーナーに直行し、

気になるアルバムがあれば迷わず手に取る。

そんな日々を送っていた。

中村善郎さんのことは、もちろん知っていた。
日本のボサノヴァシーンを代表するアーティストとして、すでにファンだった。
ブラジルに渡り、ポルトガル語でオリジナル曲を作り、
「日本のジョアン・ジルベルト」とも呼ばれた人。

そのベルベット・ヴォイスと繊細なギターは、私のお気に入りのひとつだった。

ところがある日、レコード店でふと目に入った一枚のCDが、私の予想をはるかに超えてきた。

青いモノトーンのジャケット。窓辺に佇む女性が、斜め前方をそっと見つめている。
静かで、どこか遠い世界を映したような一枚。

NôS」。

中村善郎と、宮野弘紀というギタリストのデュオ作品だった。
宮野弘紀さんのことは、恥ずかしながらその時まで存じ上げなかった。


家に帰って、再生ボタンを押した。

その瞬間——正直、しばらく動けなかった。

一枚聴き終わっても、そのままもう一度。また一度。
気づけば2〜3回は繰り返していた。それほどの作品だった。

中村善郎さんのギターとヴォーカルの世界観は知っていたつもりだった。
でもそこに宮野弘紀さんのギターが加わると、
まったく別の次元の音楽が生まれていた。

二本のアコースティックギターが、まるで対話するように音を紡ぐ.
ボサノヴァを中心に、オリジナル曲からスタンダードまで。
どの曲も、南国の風と日本人ならではの繊細さが溶け合った、
唯一無二のサウンドだった。

二つの個性がぶつかると、こういう音楽ができあがるのか

感嘆せずにはいられなかった。詩人と哲学者が出会ったような——そんな言葉が浮かんだ。
「東洋のボサノヴァ」と呼ばれていたらしいが、
そんな言葉では到底収まりきらない深みがあった。


 

ジャケットの裏面もまた、この音楽の世界観をそのまま映し出したような一枚だった。
海辺に静かに立つ人影。言葉より先に、何かが伝わってくる。


居ても立っても居られなくなった私は、彼らのライブスケジュールを調べ始めた。

とはいえ、当時はSNSどころかインターネットもない時代だ。
情報を得る手立てが、ほとんどない。

頼りになったのは、ジャズミュージシャン向けの月刊誌「ジャズライフ」だった。
その雑誌の巻末に、主要ライブハウスの月間スケジュール表が掲載されていた。
隅から隅まで丁寧に目を通していると——新宿の老舗ジャズライブハウス「SOMEDAY」に、
NôSの名前を見つけた。

よし、行こう。迷わず東京へ向かうことにした。

生で聴いた二人の演奏は、CDで受けた衝撃をさらに上回るものだった。

ライブが終わって、私は二人に声をかけた。

「ぜひ、愛知へ来てください」と。

もちろんその時は、まさか自分がライブを企画することになるとは——
これっぽっちも考えていなかったのだが。


(その2へ続く)


NôS プロフィール(CDライナーノーツより)

中村善郎(Guitar, Vocal)1952年生まれ

日本のボサノヴァの第一人者。1977〜79年のブラジル遊学中にボサノヴァギターと出会い、
ポルトガル語によるオリジナル曲も作り始める。「日本のジョアン・ジルベルト」とも呼ばれ、
抑制の効いたヴォーカルはベルベット・ヴォイスと評されている。

宮野弘紀(Guitar)1953年生まれ

アコースティックギターの独自スタイルを確立。
1981年のニューヨーク録音デビュー作「マンハッタン・スカイライン」で
スイング・ジャーナル国内最優秀録音賞を受賞。
ジャズ、クラシック、エスニックなど幅広い音楽をフュージョンさせた、
他に類を見ないアーティスト。

1994年、二人のユニット「NôS(ノス)」をリリース。「東洋のボサノヴァ」として脚光を浴びた。

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この記事を書いた人

ボサノバの柔らかなリズムに耳を傾け、バーのカウンターで静かに杯を傾け、古い外車のエンジン音に胸を躍らせる——そんな日々を綴っています。名古屋を拠点に、大人の趣味をゆるやかに深める「リオ・ボッサ」です。音楽・酒・車、どれも知れば知るほど奥が深い。そのときめきを、このブログで分かち合えたら嬉しいです。

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