8枚の手書きFAX ── 心震えた、あの夜
東京から戻り、2週間ほどが過ぎた。
あのSOMEDAYでの夜の興奮は、まだ胸の中に残っていた。
「ぜひ愛知へ」と声をかけたものの、
まさか本当に話が動くとは思っていなかった。
ある日の午後、1本の電話が入った。
東京の——宮野弘紀さんからだった。
「一体何だろう」と受話器を取ると、要件はこうだった。
「大阪にNôSでツアーに行くことになったんですが、
その前にそちらでライブをやりたいんです。以前紹介していただいた、
あの焼き物の窯なんかどうでしょう?」
「あ、そうですね……聞いてみることにします」
受話器を持ちながら、頭の中で思いがぐるぐると回り始めた。
——結局これは、ライブの企画をやってくださいということだよな?多分。
どういう会場にするか。集客はどうするか。チケットの値段は。当日の運営は。
ライブ企画の経験がないわけではなかったが、アーティストが変われば勝手も変わる。
毎回が、ある意味で初めての挑戦だった。次々と未知の問いが押し寄せてきた。
そして最後に宮野さんがひと言添えた。
「今からFAXを送りますから。ちょっと長いけどね」
そう言って、受話器を切った。

数分後、FAX機が唸り声を立てて受信を始めた。
この頃はメールもなかった。文面を送るといえば、主にFAXだった。
最初の1枚、2枚——まだ唸っている。
「あれ、一体何枚送ってくるんだろう?」
思わずFAX機を見つめた。3枚、4枚、5枚——
「おお、まだ来るぞ!」
思わず声が出た。
最終的には、合計8枚。しかもすべて手書きで、一気に書き上げたものだった。
内容は、プロのミュージシャンとして生きてきた人生行路について、
詳細に綴られたものだった。
東京に出てきてからの下積みの日々。デビュー作のレコーディングのこと。
そして——音楽に向き合う自分なりの姿勢、哲学的といってもいいほど奥の深い話が、
丁寧な手書きの文字でびっしりと記されていた。
「自分を知ってもらいたい」という宮野さんの思いが、文字の一つ一つから伝わってくるようだった。
CDを聴いて「詩人と哲学者のユニット」と感じた私の直感は、間違っていなかった。
このFAXは今でも、私の大切な宝として手元に残っている。時々読み返すたびに、あの夜の緊張と興奮が蘇ってくる。
8枚の手書きFAXを前にして、私は思った。
こうなったら、やらねばならない。
心が、震えた。
(その3へ続く)

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