NôS (中村善郎&宮野弘紀)ライブin 共栄窯 (常滑) その3

さて、ライブを実現するためにまず向かったのは、ギャラリー共栄窯だった。


受付にはYさんがいた。

以前に企画したPANCAKEのライブでも大変お世話になった、
あの頼もしい担当者だ。

早速、今度の企画の話を切り出すと、
Yさんはニコニコしながらこう言った。

「あなたの持ってくるお話は、いつもボサノバね」

思わず苦笑いしてしまった。

確かに、そうなのだ。

「わかりました、検討しましょう」と、
程よい返事をいただいた。}

デモ音源を手渡して、その日は引き上げた。


2週間後、再び共栄窯を訪ねた。

様子を聞こうとしたのっけから、Yさんが言った。

「日程、決めましたよ」

すでに友の会の人たちへの声がけも始めているという。
しかもちょうどこの時期に陶芸作家さんの展示があるということで、
}
コラボ企画として告知はがきの一部にNôSのPRエリアを設けてもらえることに
なった。

何しろYさんのやることは早い。こういう人を世間では「有能な人」というのだろう。

集客についてはまず大丈夫だろうと、そのときは少し安心していた。


ところが、しばらくしてチケットの販売状況を伺うと——予想に反して、芳しくないとのことだった。

これはいかん。

打開策を考えた。どうすれば広く周知できるか。
インターネットもなく、SNSもないこの時代に、
一度に広域へ知らせる手段といえば——新聞しかなかった。

当時の地元新聞は、地域情報についての掲載がかなり充実していた。

アポなしで、新聞社の支局へ足を運んだ。担当者にライブ企画の話をして、返事を待った。

「公共のイベントではないので、難しいかもしれません」

最初はそう言われた。それでも食い下がって話を続けると、帰り際にこんな言葉をいただいた。

「お約束はできませんが、検討することにしましょう」



ライブ開催の2週間前、ある朝のことだった。

母親が大きな声で呼んだ。

「ライブのことが出てるよ!」

新聞の地域版を手に取ると——本当に出ていた。

自分が渡した写真がしっかりと掲載されている。

「うわー、本当に掲載してくれたんだ」

驚くやら嬉しいやら。朝からなんとも晴れやかな気持ちになった。

ダメもとで飛び込んだあの日の一歩が、ちゃんと実を結んでいた。

動けば、道は開ける——そう実感した朝だった。

中村 善郎  エスコンジエスコンジ

https://www.youtube.com/watch?v=gx8OCS4K4Dk

(その4へ続く)

 

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この記事を書いた人

ボサノバの柔らかなリズムに耳を傾け、バーのカウンターで静かに杯を傾け、古い外車のエンジン音に胸を躍らせる——そんな日々を綴っています。名古屋を拠点に、大人の趣味をゆるやかに深める「リオ・ボッサ」です。音楽・酒・車、どれも知れば知るほど奥が深い。そのときめきを、このブログで分かち合えたら嬉しいです。

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