原久美ライブ その3 ライブ!達成感にひたる チッタ・ナポリ 愛知県 南知多町 1997夏

ここまでくるのに、かなりドタバタしたり、どだい無理な話と苦悩することもありました。
いまでこそ、だいたいの流れは予測することはできるようになりましたが、初めてというのは全てが未知なので
不安と期待がごちゃ混ぜの独特の精神状態になっていました。
東京からプロのミュージシャンが自分のような素人の企画に応じてくれたことに信頼されたという
誉れ高い気持ちもありながら、失敗は絶対許されないというプレッシャーで
その時の感覚を言葉に置き換えれば、天の声に導かれて動かされていたような、
そんな感覚だったと記憶しています。

そして1997年、夏のチッタ・ナポリ サマーナイト ステージの日を迎えることになりました。

ライブ当日の朝、東京から夜通し高速を飛ばしてきた原久美バンドのメンバーを
知多半島の先端チッタナポリまで誘導しました。
バックミラー越しに見れば、初めての風景を右に左に視線を移しているのが見えました。
高速のインターからずっと南下して行くと、周囲の風景は街からドンドン田舎のものになっていきました。
「何だか、とんでもないところに連れていかれるんじゃないか?」との声が聞こえてきそうなやや不安な感じにみえました。
しかし遥か前方から次第に巨大なナポりタワーが見え始めると
「あれだ!あれだ!」と指して視線を向けているのが見えました。
そして到着したチッタ・ナポリの雄大な全景を見渡し、歓声をあげていました。
到着するまでの不安が一気に安心に変わった瞬間でした(遠かったですからね、お疲れ様でした)

にこやかな笑顔で出迎えた店長と歓談の後に休憩に入ってもらい、午後からのリハーサルに備えてもらいました。

まだ広場はガランとした何もない状態で「どうなっていくのだろう?」と眺めていました。
すると大きなワンボックスのバンがやって来て、到着すると数人の人たちが大きな箱をいくつも手際よく降ろしてました。
この人たちがPA(音響)の業者さんと初めて知りました。
同時に椅子とテーブルの塊を用意した、会場設営の人達が何処ともなく現れ簡単な打ち合わせの後で、
凄い勢いで並べ始めました。
すると今まで何もなかった広場にライブ会場が突然出現したのでした。

午後三時過ぎに既にPAのセッティングが終了した会場にメンバー原久美さん(g,v)、小畑和彦さん(g)、久米雅之さん(per)
そしてPA担当者とサウンドチェックが始まりました。
ライブ会場は箱ものから野外までその時その場所に合わせた音作りが必要になってきます。

陽はゆっくり沈み始め、辺りには浜風が気持ち良くそよいでいました。
周囲がすっかり暗くなりステージがスポットライトで照らされるとライブの始まりです。
「おお、野外だと解放感が全然ちがう!」
原さんの歌声も軽やかに、小畑さんのギターはますます冴えわたり、久米さんのパーカッションは曲に躍動感を与えます。

始めは静かに聴いていたり、お喋りに夢中になっていたお客様も、曲が進むつれて次第に
身体でリズムを取り始めました。
最後は、会場のお客様が一つになってグルーブに包まれていきました。
最後のアンコール曲が、終わった時の原さんの笑顔が素敵でした。

自分自身どうなることかと始めたライブ企画ですが、何とかやり遂げることができました。
その時、自分は達成感と高揚感で幸せな気持ちになりました。

「ボサノバのライブって最高だな!」でも「企画するって大変だ!」と呟いていました。

もともと好きなミュージシャンの演奏を、身近で聴きたいという単純な動機が発端でした。
首都圏ならば交通費も宿泊費もバカにはなりません、「こちらに来てもらえれば、こんな良い事はない」
というのは大きな間違いと気が付きました。
今回が最初で最後と思っていました。

しかし、これは終わりではなく全ての始まりだったのです。

続く・・・。

O Samba De Que Seu Cachorro Não Gosta

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この記事を書いた人

ボサノバの柔らかなリズムに耳を傾け、バーのカウンターで静かに杯を傾け、古い外車のエンジン音に胸を躍らせる——そんな日々を綴っています。名古屋を拠点に、大人の趣味をゆるやかに深める「リオ・ボッサ」です。音楽・酒・車、どれも知れば知るほど奥が深い。そのときめきを、このブログで分かち合えたら嬉しいです。

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